みんな一人一人が仮想としていだいているにすぎないんだ。
信頼は一瞬でなくなると言うけど(実際になくなるけど)それはその人が対象に対して抱く期待みたいなもので、バブル的要素があるのかもしれない。←経済学か?←たぶん学問として名前がついてたりするんだろうな?
組織が大きくなると仮想の信頼を守りたくなってしまう(スケールメリットで守れてしまう)。信頼はあっち側にあるんじゃなくて自分たちがもってるものであると錯覚してしまう。
情報を管理し、自分たちにとって不都合な情報は初めからなかったものとしてしまう。
↑組織を管理するって本質的にこういうことなのか?
伊丹十三の死に象徴されるようにそれを個人が引き受け管理しようとしたとき、沢山の才能を持っている人は苦しむことになる。←あっち側の持っている文脈が紋切り型で、その人を今まで彼らが経験した文脈にフィットさせて理解しようとし、そこに本人とのギャップが生まれるから。
そこに苦しんでるのは多くの繊細な芸術家(ミュージシャン、俳優、アーティスト、etc)なんだと思う。
フレディ・マーキュリーがグレートプリテンダーと言っているように優しい人たちは、彼らの期待に答えようとし、仮面を被りっぱなしで生きようとしてしまう。←うまくいく人もいる。けれど、そこでアイデンティティーが脅かされ悩む人がいる。
…結果死に繋がってしまうこともある。
ここで視点を変えてみる。今回の一連の出来事でそれを隠そうとした人たち。そして何事もなかったこととして処理し、自分の地位や名誉、権威を守りたがる人たち。ここにも何かがある気がする。自分たちでアクションを起こしておいて、失敗したら責任はとらない。全体主義という都合いい論理を持ち出す。
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