2009年8月27日木曜日

儒教とか必修になったりするの?

研究室が一緒だった中国の友達が日本人はフレンドリーになりづらいって言ってた。

先輩後輩がキチンとしすぎてるって。特に年齢とか入った時期とか。

社会人になって勤めた会社の営業所で俺は飲み代を一度も払ったことがありませんでした。

そこにはお互い甘え会うという暗黙の了解(上司は仕事を俺に命令しやすい☆俺はタダで沢山飲み食いできる)
↑のシステムを機能させて安定するなら(俺はとても良かった☆上司は飲みは楽しく仕事の愚痴や説教のたぐいは一切しない良い人だった)それでいいと思う☆

↑を理解せず後輩は先輩の言うことを聞くものという悪い意味での儒教的解釈を使うのやめませんか。←松下幸之助や本田宗一郎レベルの人格者がこれするならともかく、現代の日本社会では限りなく鬼畜に近い人たちが、この文脈を俺らに押し付けてきます。

エヴァがはやったのも、若者の自殺者が多いのもこういった旧態なシステムに問題があるような気がしてなりません。

茂木健一郎さんが言うようにアイザック・ニュートンさんが言うように、俺らがこの短い人生で吸収できる知識は世界がもってる知識(今でいうネットが持っていると知識と考えても良い)のほんのわずかです。

経験も知識と考えれば文章で記述できる程度の知識はすぐコピペで吸収可能です☆

…ネットが発達した今だからこそ、山に登ったり海で泳いだり野球に青春を燃やしたり嫌いな数学勉強したり…そういったことが後に人生を豊かにするのだと私は思います。

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