2009年11月20日金曜日

ある組織のマイノリティが武士道という文脈を使うことが、武士道を体現する唯一の方法ではないか?

世界史をみてわかるように、私たちはずっと戦争をやってきた。基本、その本丸は自分たちの行為を正当化し、沢山の罪なき人たちを無慈悲に殺害した。特に政治の場では正義と悪を客観的に評価するという俯瞰的な視点を獲得しようとするモチベーションはタブーとされてきた。

国という巨大な組織をドライブする際、大切にされたのは国民の命ではなく、中枢に所属する人たちの権威だった。

それはこの弱肉強食の世界で自分たちの国の権利を主張し、守って行かなければならなかったからである。

現在、私たちは今までの文脈で今までのように判断することがナンセンスとなる時代を生きている。それは論語や武士道の世界観ですべてを説明しようとすることに無理があることからも明らかなように、私たちは色んな意味において、地球市民と立場で考えより良い社会を構築する義務があるのだ(なんといっても私たちは地球の外で暮らせるテクノロジーを手にいれ、地球を俯瞰することができるのよ♪)

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